剣道具の形状は、普及品から高級品、少年用から成人用まで、ほぼ変わりません。高価な剣道具は面金や生地の色が違う、甲手の形が違うなど、見た目の印象が異なれば、その違いは一目瞭然です。

しかし、見た目が全く同じ剣道具があったら、いかがでしょう。判断に困りませんか。

鹿革や牛革は知っているけれど、その良し悪しはどこで見分けたらよいのか。
丈夫な綿(繊維)とは、どのような糸で織られたものが良いのか。
芯材は、どのような状態が剣道具に最適といえるのか。
田代武道具店にお越しいただいている多くのお客様がお知りになりたい事だと思います。

剣道具の違いや選ぶポイント

店頭に並んだ剣道具、パンフレットで紹介されている剣道具。
剣道具のちがいと言えば、装飾以外はどれも同じように見えるかもしれません。

人の性格は「十人十色」と言われておりますが、剣道具もそれぞれに特性を持っています。私たちの性格に長所や短所があるように剣道具にも全く同じことが言えるでしょう。

例えば、高級品として認識されている手刺剣道具は、とてもしなやかで、使いやすく、衝撃吸収力も優れており、何事にもかえ難い風格がかもし出されています。

しかし、手刺剣道具は鹿革を多用しているため、梅雨時期や夏場の汗などのメンテナンスに、十分気を配らなければなりません。これが手刺剣道具の長所であり、短所と言えるでしょう。

もし、連日猛稽古に励む学生さんが、毎日フルに使用したらどうでしょう。
梅雨時期などは、剣道具の革を痛めることになります。週2~3回程度の使用でしたら、問題はないと思われますが、連日稽古に励む学生さんにとって、手刺剣道具は適しているとは言い難いようです。

また、最近多くの方に使用されているクラリーノ合成繊維の剣道具は、汗にめっぽう強く、一年を通じて毎日フルに使用しても十分耐えられます。しかし、天然皮革のようなしなやかさから生まれる、身体への馴染み具合について、手刺剣道具のような感触は得ることができません。

剣道具は飾り物ではなく、身体を守る防具であり、道具と言えます。
防具に求められる絶対条件は、安全性・耐久性・使いやすさであり、どのような剣道具に置いても、高い基準でクリアされていなくてはならないでしょう。

お使いになる剣道具の性格を把握し、面や胴、甲手、垂など各防具における、様々な機能を十分加味していただき、ご自身に合った剣道具を作られることを望みます。

作り手としての想い

立ち姿を思い描く

「立ち姿」この言葉より連想されることは、「自然体」「崩れない、崩されない」「後ろ姿」「美しさ」「無常」など。剣道家の皆様には、実に様々で意味深いものと言えるでしょう。

剣道具を製作する私たちにとっても、この「立ち姿」を考えることは、皆様が思い描くご自身の姿に、どのような剣道具(剣道防具・稽古着・袴)をご用意させていただけるのか、技量が試されるところです。

全ての剣道具を着装、並びに装着する時、面布団の長さをはじめ、甲手布団・大垂・小垂、垂帯の長さや幅が適切であるか、胴胸の高さと横幅が、胴台と無理なく美しいシルエットに描かれているか、など剣道家の「立ち姿」をキメる、多くの基準を満たす必要があります。
細心の注意を払い製作する、それぞれの剣道防具(面・銅・甲手・垂)は総合的に観てもバランスを崩すことがなく、調和がとれ、思い描かれた「立ち姿」に限りなく近づいていること。この意識を常に持ち、私たちは剣道具の製作にたずさわっております。

身体に合った剣道具はもちろんですが、ご使用なさる剣道家のイメージをどれだけ具現化し、美しいシルエットに仕上げるということ、それをご覧になった第3者の方が感心していただけるということ、剣道防具の装着が衣類とバランスがとれているということ、心を落ち着かせ精神統一できるということ。

「立ち姿」をキメるということは、丹念にそれぞれの要点がチェックされる必要があります。

そして剣道具は「立ち姿」から「動」へ移る際に支障が無く、万全な動きに対応出来る、道具としての機能性も兼ね備えていなければなりません。
体型や稽古をする環境は、剣道家によりそれぞれ違っておりますので、それらを踏まえた剣道具をご提供すべく、皆様と充分なお打合せも必要かと存じます。剣道家の皆様がお使いになるご自身の剣道具の製作工程に、積極的にご参加いただきたいのが心情です。

このようにして仕上がった唯一無二の剣道具こそ、大切に使っていただける、かつ皆様が思い描いた「立ち姿」をキメる、根本と言えるでしょう。

伝統とともに~剣道と藍染~

古くから剣道家に愛されてきた「藍染」について、私はこう考えております。
紺よりも深みある紺碧からやがて青へと変わる。まるで碧海が碧空へと転じる、幾通りもの色彩を奏でる青色こそが「正藍染」。

藍染は、駿河藍・武州藍・阿波藍など、地域の特色を持った日本の伝統技術により幾種類もあり、それぞれが染色の濃淡や色落ち具合に特徴を持っています。
どの地域の藍染めも素晴らしい風合いで、様々な商品に使われておりますが、私どもが制作する剣道具では「武州藍」を使用させていただいております。その渋みのないすっきりとした青さは、日々の稽古により使い込まれ退色する過程において、何とも言えない独特な風合いが生まれます。

「正藍染」と「剣道具」は昔から深い結びつきがありました。藍染には抗菌作用があり、木綿生地の耐久性を高めるなど、道具としての剣道具に求められる機能性を大きく向上させます。

そして、何よりもその青色は、剣道衣・袴・剣道具の見た目にも美しい、独特の風合いを醸し出す染色です。過去において剣道具は、様々な染色を試みましたが、いまだ「正藍染」をしのぐ染色方法はありません。

一口に「藍染」と言いましても、たくさんの種類があります。糸の状態から何度も藍瓶につけて染めていく製法や、織り上がった生地を染めていく製法が代表的です。
私たちが剣道具に使用する「正藍染」は、一本一本染め上げられた糸を丹念に織り上げた反物です。私どもは、剣道具に合った反物を十分に吟味させていただき、使用しております。
そして剣道具同様に剣道衣や袴も、素材から入念に染め上げ仕立てられた逸品を皆様にご紹介させて頂けますことは、大変に喜ばしく、紺屋さん共々深く感謝しております。

美しい堅牢「藍染」を安定して創り出すことは、気温・湿度・天候など多くの自然環境における、絶妙なバランスを必要とします。そのバランスを整え、見事な色合いを作り出す「藍染」の技は、とても素晴らしく、まさに「職人のさじ加減」という言葉を思い出します。

日本の伝統技術「藍染」が生み出す気品に満ちた素材に恥じぬよう、私たちも剣道具製作に精進して参りたいと思います。

武道具を使用される剣士への想い

お客様にとってのイイモノ

移り変わる時代とともに変化し、多様化するイイモノ。
男性や女性の好みによって分かれるイイモノ。
子供が大好きなモノ、大人が大切にしているモノ。

各々の生活スタイルに合わせたイイモノが、私たちの周りに溢れています。洋服、車・バイク、化粧品、食品・食材、家具・雑貨など、その種類や基準は多種多様です。

例えば、モノマガジン(商品情報誌)に掲載されるようなモノたち。
他の製品と比べると、企画・構成が2~3歩先にリードした商品群。およそ万人に好まれるであろう一定の基準を満たした、平均的に好まれるイイモノと言えるでしょう。

一方で、インターネットオークションで取引されるようなモノ、物、もの。
こんなに(いろいろな人が)いるんだぁ、と言わんばかりに一つのグッズ・アイテムに対して提供する人と、欲しい人が共存しており、またその種類も無数にあって、うまく需要とマッチしている、イイモノと言えるでしょう。

そこで、剣道具においてお客様が選ぶイイモノの価値基準を改めて考えてみました。
(品質が良い・使いやすい・丈夫・軽い・選べるサイズ・乾きやすい・紺革・クラリーノ・デザインが良い・なじみやすい・耐用年数が長い・実用性が高い・早い納期)

天秤にかけるような、こんな相反する条件もありますね。
高級・激安、修理できる・使い捨て、国産・海外生産、いま必要・将来的に必要、また例外的に一点モノであったり、キズモノでもあったりもします。

そしてふるいにかけられ組み合わさったイイモノが、お客様にとってのイイモノとなり、このような結果を生むのでしょう。(満足度が高い・趣味性を満たす・大事にしたくなる・自慢したくなる・予算内である・その他いろいろ)

剣道具はじめ武道具において、私たちはある方向性を定めた価値・基準を持っています。しかし、その方向性がお客様にドンピシャと一致するとは限りません。
ですから、お客様の求めるイイモノの価値・基準を、新たに教えていただくこともあります。
価値観の多様化した現在は、イイモノが無限に広がっており、基準の組み合わせも多岐にわたります。

お客様の求めるイイモノと、田代武道具店の考え得るイイモノが融合する、理想のイイモノを提供してゆきたいと思いつつ、日々、武道具の製作に打ち込んでまいります。
これからも宜しくお願いいたします。